また変なこと言い出した!
コレクションするって言いながら集約しないだって・・・
いやいや,何言ってるんですか。
コレクションと集約,ちがうんですよ
僕は,メモの一元管理なんてできない人間です。
情報を一冊の手帳に・・・なんてこととてもできません。
マルチ・ポテンシャライト的メモ術とでもいえそうな「コンテキスト・ノート」を提唱している人間ですから。
そんなメモや手帳に書いてもOKなコンテキストノートについてはこちら。
また,Podcastでも,聴けるブログとして配信していますので,よろしければお聞きください。
#005 【手帳回】一元管理なんかしなくても大丈夫。手帳を一冊にまとめられない人のためのコンテキスト・ノート
こんな人間ですから,当然,ほぼ日だけにすべてを書くなんてできるはずもなく・・・・。
目の前に現れてくる様々なメモ帳や手帳などに心を奪われてとっかえひっかえそれらに書いていきます。
それでいいんです。
マルチ・ポテンシャライトなんですから。
手帳も,あれこれ使うんです。
あ,マルチ・ポテンシャライトについてはこちらを・・・
でもね,それじゃ,あちこにち散在してしまって,結局散逸するんじゃないの?という心配がありますよね。
コンテキスト・ノートでは,「ものを動かさず,自分が動く」というやり方でうまく言ってるんですが,メモも同じです。
僕は,自分の行くあちこちにメモ帳おいてますから。
机上はもちろん,枕元,食堂,ト○レ,車。
散歩用のポーチ。
百均で買ってきた100円ノートをあちこちにばらまいてるんです。
書斎だけでも,机上,書棚の前,テレビ用のチェアの横など。
それこそ,あらゆる場所に。
これらもコンテキスト・ノートで書いたように「コンテキストで覚えておいて自分で動く」でも構わないんですが,メモって,ちょっとしたアイデアとか本の引用だとか,いろんな知的生産の種があるじゃないですか。
集めたいんですよね。それらを。
それを担っているのが「ほぼ日」なんです。
[st-kaiwa2]ああ!ほぼ日手帳を「知的抜き書き」ノートとして使っているという,あれね!
そうそう。
抜書ノートについてはこちら
なんでもかんでもばらまいてしまうという私の特性からコンテキスト・ノートを長く続けざるを得なかった私は,「転記をする」ということを恐れません。
ですから,ほぼ日手帳に,あちこちのメモから抜き書きしてくることは何の苦もないんですね。
それどころか,「抜き書きをする」という事自体がとても知的な行動なんです。
外山滋比古氏が,「知的編集」という言葉を使われていましたが,あれこれ散らばったメモを集めて,「どれを抜き出そうかな・・・」と選んでいる行動は,実に知的です。そこには,自分のフィルターがかけられるからです。
まさにその日の知的活動の編集ではありませんか。
これは,すべてを集めてくるという「集約」ではありませんよね。
すべてを集約,といった時点で,もう僕にはだめです。
でも,気に入ったものをコレクションする,というのならいいでしょう?
僕にもできるし,そうしたいんです。
知的な抜き書きという行動を,フロー状態になって没頭しながらたんたんとやっている姿は,まさに蝶や貝殻をコレクションしている姿なんです。
[st-kaiwa1]
そういうわけで,ぼくは,その日のメモを「コレクション」するのさ
みなさん,かっこつけてるだけですよ!
コメント