松本零士さんとともに育った中高生時代

2019年、2020年あたりに定年を控えているくらいのおじさんは、高校生だった1977年頃,あの歴史的な「宇宙戦艦ヤマト再放映の熱狂」と、それに端を発するアニメブームの始まりを経験したんだ。

その渦中にいたのが松本零士さんだった。

男おいどん

僕が初めて松本零士という人を知ったのは、「男おいどん」が最初だった。

確か、いとこの兄ちゃんに借りた漫画雑誌で見た。まだ小学生だった気がする。

なんだか、妙な絵だなと思った。

大きな手がブルブル震えているような感じの絵だった。

女性だけは妙に美しくて可愛らしかった。

 

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高校生になって改めて単行本を買い集め、読み耽った。

毎日、悔しいことがたくさんあるおいどん。

松本零士本人の若い頃の姿を写した主人公は,「明日のために今日は寝る」と布団にくるまって,毎日悔し涙を流しながら寝りにつく。

しかし、コミカルな話の展開と絵柄が全く重みを感じさせず、本来なら悲惨であるはずの主人公おいどんの姿に共感し、腹を抱えて笑った。

「これでなんか食え」という手紙とともに、100円玉が3枚、ダンボールにテープで貼り付けられて母から贈られてきたシーンが忘れられない。

そして、男おいどんとともに永遠に語り伝えられるであろう「サルマタケ」は決して外してはならない。

猿股(パンツ)で充満した押し入れに自生するキノコだ。

後年、大学生になったとき、リアルなサルマタケ的押し入れのある部屋に住んでいる友達がいて仰天した。

私が最初に出会った松本零士とは,このような浮かばれない大学生の悲哀をコミカルに描く人だった。

宇宙戦艦ヤマト

中学2年生、アルプスの少女ハイジの裏で始まった宇宙戦艦ヤマトは、1974年の最初の放映時はあまり話題にならなかった。

僕も「なんだか変な題名だな」と思い、少しは見はしたが、どっちかというと、ハイジの方を見た。

話がわかっていて面白かったからだ。

 

最初の放映は半年後にあっけなく終わる。

しかし翌年、中学3年になった私は、ヤマトに再開し、仰天する。

 

受験勉強から逃避したくて、学校帰りによく本屋に寄って漫画を立ち読みしていた。

そこに並んでいたのだ。ヤマトが。

「あれ?去年テレビでやっていたあの漫画(アニメという言葉が一般的になるのはまだ2年先の話)、原作の漫画があったのか?」

そう思って開いた途端、目が画面に釘付けになった。

見たこともないメカの描写。なんにでも複雑な計測装置がこれみよがしについている。

こんな描き方,始めてみた。

興奮した。

 

そして,まるで図鑑を見ているかのような宇宙の色彩。僕は、あの宇宙の彩色法によって、いくつかの色を滲ませる絵具の描法があることを知った。

 

そしてさらに驚愕したのは、その未来かくあるべしと思わせる絵を描く,物凄い想像力を発揮するこの漫画家が、あの男おいどんの漫画家だったということだ。

「あの人がこんな漫画を・・」

私が翌年「男おいどん」を買い集めて読み始めるのはこな経験があったからだ。

 その後、雨後の筍のように松本零士タッチの宇宙やメカの描写が広がっていった。

僕も当時漫画家になりたくて色々と描いていたが、松本メカから逃れることはできなかった。

80年代になり、パソコンの画面が一般的になり,メカのイメージが変わるまでは、誰がメカを描いても松本メカになっていたと思う。

そんなヤマト。

私が高校2年生の時に、再放送され、大ブレークする。僕も周りのみんなも、1974年の最初の放映でろくに見てなかったことを悔やんでいた。

絵も音楽も、どれもが新しかった。

テレビ挿入曲集も「レコード」で出され,こぞって買った。

たしかこれだったと思う。

夏休みの課外の後,友達の家に集まって,聞いた。

そして、アニメブームが巻き起こったのだ。

アニメは子供だけのものではなくなり,大人も愛でるものとなった。

アニメに関連したグッズや,ムック本,セル画に価値が生まれ,取引されるようになった。

僕の友達の中には,墓の中に入れてもらうと言っているやつまでいた。

「アニメ」という言葉が一般的になったのはこれからだ。(それまでは、恥ずかしくてあまり使わなかった。)

ミライザーバン

この漫画を知っている人はいるだろうか。

ミライザーバン

おそらくいないのではないか?

1976年ごろ、昔のような良い漫画を読者に届ける漫画雑誌を復活しようという機運が起こり、漫画黎明期に人気があった少年雑誌「漫画少年」が「マンガ少年」として復活した。

そこには、手塚治虫が,伝説となっていた未完の火の鳥の復活場所を得て「望郷編」を開始していた。

竹宮恵子の「地球(テラ)へ」もここに連載された。

そして、我らが松本零士もここに名前を連ねた。

それがミライザーバンだった。

詳しい話の筋や登場人物は忘れてしまった。

ヤマトの歴史的な第2回放映の直前、その前年に初めて出会って痺れるように眺めていたあのメカの描写に心を奪われ、毎月楽しみにその絵を楽しんだ。

話の筋は二の次だった。

キャプテンハーロック

ヤマト第2回の放映の熱狂に端を発する(と思う)アニメブームにより、松本零士の作品が掘り起こされた。

その一つがキャプテンハーロックだった。

当時、アニメブームのためか,アニメの絵の質がよくなり始めたと感じていた時期にあたり、このアニメはその色彩の美しさで心に残っている。

僕は、その頃は松本作品を色々読んでいて、様々な作品にハーロックという名前のキャラクターが出てくることを知っていた。

Wikipediaによると、それらの様々な作品にでてくるハーロックは、少年主人公の心の師となる大人キャラクターとして描かれるとあり、大変納得している。

銀河鉄道999

すでに大学生になっていた私は、もうあまりアニメ作品を見ることはなくなっていた。

だから、よく知っている作品にも関わらず、実はあまり知らないことに改めて驚いている。

僕がここに書かなくても、この作品のことをかける人はいっぱいいるだろう。

ゴダイゴの

The garaxy express 999 
will take you on a journey
A never ending journey.
Journey to the stars.

という歌詞の心地良い響きが忘れられない。

僕の役目は

僕の役目はここまでだ。

ここから後の松本零士さんの作品のことはあまり知らない。

今日、イタリアにいる松本零士さんが倒れたというニュースを聞いて、上に書いたことが一気に頭の中を駆け抜けた。

松本零士さんは、イタリアでのキャプテンハーロック放映40周年記念のイベントに出席中だったとのことで、その世界的な影響力の大きさに驚いた。

幸い、心配されていた脳卒中ではなかったことがわかり、ほっとした。

まだしばらくは、私の中高生時代を彩ってくれた松本零士さんと同じ時代を生きていくことができる嬉しさを感じたい。

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