記事内に広告を含む場合があります。

行く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし

知的迷走日記保管庫

「行く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」

高倉健さんを支えてきたことばだそうです。
お亡くなりになった日の夜の追悼番組でやっていました。
もう何週間もたちますが、その間ずっとTextEverであたためて育ててきて今日ようやく記事にできたので、かなり時間が経ってしまいました。
今日のはそんな記事です。

☆ ☆ ☆

辛いことが続くと、自分だけがなぜ、というような気持ちになったり、いつまでこんな状況が続くのかという絶望的な気持ちになったりしてさらに辛い思いをしがちなわけですが、そういう時には私は4つの心の働きを自分で作って乗り切ってきました。

一つ目は、いつまで続くのか、という気持ちを打ち消すために、今、この時に集中するということ。焦らず慌てず、今に集中しながら一歩一歩進んでいくと確実に良い形で終わるものです。

二つ目は、そういう苦しい自分を外から見て「 ははあ、僕は苦しんでいるんだなあ」と客観視、つまり、他人事のように感じること。そんなことで悩んでいるのか、と苦笑したくなるようなこともありますが、そうなるとかなり楽になります。

そして三つ目は、明けない夜はないと自分に言い聞かせることです。

なんでも必ず終わるのです。
私の母が、「終わって仕舞えば何もかも玉でございます」と言っていたのですが、今の辛い気持ちは終わってしまった後から見るとそれはそれで良い思い出だというのです。
私にもなんどもそんな経験があり、その言葉の意味がよく分かります。

四つ目は、私だけじゃなかったんだ、と安心させることです。

「我のみや 夜船は漕ぐと 思へれば 沖辺(おきへ)の方に 楫(かぢ)の音すなり 」万葉集巻15-3624 作者未詳

真っ暗な夜の海を自分だけが船に乗ってこぎながら進んでいるとおもっていると、真っ暗で見えなかったが、他にもそんな人がいた、という歌です。

実に勇気付けられる歌です。
辛くてたまらないとき、この歌を口ずさんだらスッと気が楽になったこともあります。
自分だけじゃないさ、みんなこれをくぐってきたんだ、とおもえることは、ついくじけたり逃げたりしそうな自分を食い止めるのに何度力になってくれたかわかりません。

これらの言葉にであったとき、それぞれ本当にありがたいと思いました。

そしてきょう、また素晴らしい言葉に出会いました。

「行く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」

行く道は精進にして

辛いことがあっても、それは精進である。
自分を高めるために必要なことなのだ。

忍びて終わり、悔いなし

それを我慢したまま、たとえそれで終わることがあっても、自分の向上にとっては確実にためになっているのだから悔いはない、というのとです。

これはすごいですね。

花開くことなく終わってもそれはそれで良し、というのですから。

明けない夜はない、と言いますが、開けないまま終わっても悔いはないというのですから。

ここまで思うことがてきたら世の中にこわいものは無くなりますね。
目に見えない、自分の中での成果を信じようと言うことです。

諦めや負け惜しみと紙一重ですが、そうではありません。

全ては精進だと考えることで先に進めます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました