今日は、谷崎潤一郎随筆集。
私は日本の文学に弱く、特に近代文学はほとんど読んだことがありません。
しかし又吉直樹氏の「夜を乗り越える」を病んだことによりそな世界へいざなわれました。
そこで太宰治を読むようになり、近代文学ってのはおもしろいもんだと思うようになりました。
まだそれほど読んでいるわけではありませんが、私がこれらの本を読むときに頭や心に立つ「おもしろい」アンテナは、当時の世相への興味です。
その当時の人の考え方、風景、音。そういったさまざまなものを感じ、受け取る読み方をしています。
それが楽しいのです。
話の筋よりも、その背景に流れるもの総体を味わっているような感覚といいますか・・・。
だから、太宰治の小説にしても夏目漱石の小説にしても、私はいつもその時代の感覚を味わう楽しさで読んでいると思っています。
私のブログの記事に「黎明期」というのがあります。
これは、1980年代から90年代初頭の、日本が元気に壮年期を過ごしている時代、そして斜陽に向かう時代を切り取っているものです。
私は記事の内容を書くというよりも、その時代の空気を書きたいと思ってあの「黎明期」カテゴリにある一連の記事を書いているのだと、いまこれを書いていて思います。
「黎明期」
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さて、それではそんな私がなぜ谷崎潤一郎の、それも「随筆」を手に取って読んだのでしょうか。
それは、谷崎潤一郎という人への強い興味からです。
渡部昇一氏の「発想法」の中に描き出された谷崎潤一郎は、関東大震災により関西に避難するのですが,最初は一時的な非難のつもりがそこに住み着いたことで、東京だけしか住んだことのない作家よりもはるかに多くの発想の井戸を掘り当て、そこから豊富な水をくみ出すことができた人として描かれています。
「東京からの客も寄せ付けたがらないほど徹底して関西の風土と文化に溶け込んだ。また,源氏物語の現代語訳に打ち込む。そして平安朝という一つの独特な世界を自分のものにしたのである。こうして細雪に至る一連の傑作が生まれたのである。」
発想法 渡部昇一
ろくに谷崎潤一郎の本を読んだこともないのに、その人自身への興味から、私はこの本を手に取りました。
もうずいぶん前のことになります。
永井荷風の「つゆのあとさき」の批評であったり、夏目漱石の「門」の批評であったり。
はたまた、「ものぐさ」という日本人の古来からくる性質が、じつはそんなにわるいものではないんだよというような文化批評であったり。
雑誌の記者と一緒に散歩をし、どこそこの茶屋へ入ってコーヒーを飲んだのがうまかったというスケッチ的なものであったり。
そんな、さまざまなことについての小文が集められています。
しかし、ただの小文の寄せ集めではありません。
世界各地の事象や文学などを引き合いに出しながら、それらを縦横に編み、本全体がひとつの編み物のようになっています。
そこに百科事典があるのではないかというほどの内容の豊かさを感じるのです。
特に感じるのは、谷崎潤一郎は優れた作家でありながら、同時に優れた評論家であるという点。
同時代の作家、先輩の時代の作家、その時代の世界の文学、そういうものを大量に読んだ上での知識の量、東京以外の視点から歴史感覚や文化を述べる気づきの質。
氷山の海の下に隠れている大きな氷のような土台の広さ、大きさを感じるのです。
作家というのは、同時に読者であり、研究者であり、評論家でないといけないのでしょう。そうでないと、自分の作品の客観的な価値がわからなく、独りよがりなものになってしまうきらいがあるからです。
しかし、谷崎潤一郎氏のそれは、もしかしたら度を越えているのではないかと感じるのです。
あまりにも、よく読み、研究している。量だけではなく、質において。
特に、同時代の作家の本など、本当によく読んでいて、時代を追ってその表現の変遷を語る筆致には舌を巻きます。
それも、世界の文学の中に位置づけながら。
そういう箇所に行き当たったときは、思わず声に出して感嘆するのです。
「つゆのあとさきを読んで」において、先輩である永井荷風を尊敬しつつ加えていく、作家の表現の変化を追った的確な筆致。
その作家と作品を愛して味わう一読者の目だけではないなと思います。評論家としての目を強く感じるのです。
作家というのは、同時代の作家の作品をこうまで細やかに、そして時代や世界という4次元的な広がりの中に価値づけて読めるものなのでしょうか。
本を読むときに、読者としての目と評論家としての目とが共存しうるものであるか。
私にはわかりません。しかしなまじいなことではできないことだと思うのです。
作家であり、一読者であり、評論家。時事にも明るい。多くの場所に足を運んで肌で感じることができている谷崎潤一郎の随筆。
この本も常に本棚のメインの棚にいつも並んでいる大切な本になりました。
谷崎潤一郎が、鋭い批評を放ちながらも、書いた時代の空気をしっかりその随筆に満たしてくれていたからです。
この記事の頭の部分で書いているように。
私は、そんな本が好きです。
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