01 知的生活へのあこがれ 教師の仕事術

【回想】私が「前に進める」ようになったあの日のちょっとしたこと

投稿日:

nawatobi

できなかったことができるようになる

こんばんは。Lyustyleです。こんばんはちょっと回想していろいろと考えてみました。


私は、2006年の2月のある日以来、一歩一歩前に進めるようになった。

「前に進む」と言うことを、ここでは「こうしたい」と言う漠然とした思いを達成すべき目標に位置づけ、そこまでの行程を区切って日々の計画に割り当て、着実にこなして最終的に達成することとかんがえる。

2005年頃までの私は、「こうしたい」と言う思いはあってもそこへ向けての実行は行き当たりはたったりで、モチベーションや流れに左右され、遂行すること自体ができなかった。「したい」という思いはあっても実行することができなかったのだ。

休みの日には時間がたくさんあってもそれをどうつかっていいのかわからず、自由になる時間が多いほどむしろ悶々とした気分で一日を過ごし、結局何もできなかった自分に自己嫌悪を覚えながら月曜を迎えると言うことを繰り返していた。

ところが実に簡単なことから私は思いを目標にし、計画を立て、遂行することができるようになった。

それは月間カレンダーの使い方を戦略的に使う方法だった。

カレンダーを戦略的に使う

〆切一日前のカレンダーに書き込んだひとつのこと

それまでは、カレンダーというのは自分にとっては予定を書き込む以上のものではなかった。いつ何がある、ということがわかる、という意味以上のものではなかった。

ところがある日、レポート提出というタスクの期限を書いたとき、何を思ったかその前の日のカレンダーにほんの一つの事項を付け加えたのだ。

それは実に些細なことだが、私にとっては革命的な事項だった。

「レポート完成」

たったこれだけのことが、私を大きく変えることになった。

提出するのだから、前の日にはできていたいな。そう思ったのだろう。私はそう書き込んだ。

目標の達成に行き着くための一つ前の行程を書き込む。それは当然その一つ前の行程を考えることになる。

「レポートを見直す」だ。

こうして「「レポート第1回完成」「第3段落終了」「第3段落書き始め」・・・というようにその一つ前、一つ前へとずるずるとイモのツルのように「レポートの提出」を実行するにいたるためのタスクが現れていった。

私は夢中になってカレンダーをさかのぼり、ひとつひとつの行程を書き込んでいった。

最終的に、そのレポートを提出するための一番最初の行程、「レポート提出の要項を読む」は、二週間前のカレンダーに書き込まれた。

すなわち、レポートを提出するには2週間前に取りかからなければならないことと、そこまでの日々に何をしなければいけないのかがはっきりした。

驚くべき体験だった。目の前の切りが晴れたような気がした。

この日のたったこれだけの些細なことがその後の自分に与えた影響が余りにも大きいので、この日のことはよく覚えている。

以来すべての期限付きのタスクは自分にとっての目標とさだめ、「達成すべきプロジェクト」と考えるようになった。そしてカレンダー上で逆算しながら行程を考えていくようになった。

すなわち、スモールステップに割り、カレンダーに落とし込むことができるようになったのだ。

これができるようになってから、世界が変わった。

今日何をせねばならないのかがカレンダーをみるだけでわかる。

その通りにやっていけば確実にゴールにたどり着けるのだ。

この安心感。焦らなくてもいい。時間の迷子になることもない。落とし込まれたタスクを淡々と実行していればいつの間にかゴールにたどり着くということへの自信。

この瞬間以来、いつも提出ぎりきりになってあわてて徹夜に近い状態でタスクをこなし、場合によっては一日二日遅れて迷惑をかけていた私が、大きな仕事をいくつも並行して進め、それらを期限数日前に終わらせ、その上でゆったりと読書をすることができるように大きく変身したのだ。

悶々とすることもなくなり、サザエさん症候群に苦しめられることもなくなった。また、こうしたいな、こんなことができたらいいな、という思いを、次々に現実のものにすることができるようになった。

私は前に進めるようになったのである。

プロジェクトをタスクに分解すればカレンダーに落としこむことができる

せねばならないことを悠々とこなしつつ、「したいな」と思うこともやはり並行して実現させていく。カレンダーを戦略的に使うということはそれほどの力を秘めていた。

期限の前日のカレンダーにあれを書き込んだという行為は、タスクとプロジェクトの違いを把握して、プロジェクトをタスクに分解した行為だったと言うことができる。

「手紙を出す」という行為は簡単なことであるとはいえ、そこには達成すべきタスクがいくつもある。

まず、手紙を書かなければならない。便せんがない。買いに行かなければならない。

書こうとしたらボールペンがない。探さなければならない。

書き終えて宛名を書こうと思ったら、差出人の住所が書かれてない。住所録から探さねばならない。

切手を取りに行かなければならない。出しに行かなければならない。

それらのタスクを一つ一つ乗り越えて初めて「手紙を出す」ということを達成できるのだ。

場合によってはこれだけのことを乗り越えるだけで二日くらいかかることだってあるのに、カレンダーに書くときは平気で「手紙を出す」と書いてしまう。

そしていざ手紙を出すときになって慌て、結局「今できないから、あとから・・・」と先送りした事が何度あったことだろうか。

「手紙を出す」と言うことをプロジェクトととらえ、そのために乗り越える一つ一つのことをプロジェクト成功のためのタスクと捉えれば、うまく段取りを組むことができ、カレンダーに落としこむことができる。そして計画的にストレスなく一つ一つのタスクを乗り越えて、手紙を出すという目標を脱せいすることができる。

知的生活を行うために必要な能力

前に進む、ということは実に爽快だ。一歩一歩前に進んでいる安心感、そして確実に達成できる日が来るという自信がある。

今日はたとえ「切手を買ってくる」ということしかできなくてもあせらなくていい。確実に手紙を出す、というプロジェクトを達成するために歩んでいるのだ。

この「焦らなくていい」というのは知的生活を行うためにはとても大切な能力ことだ。

焦っていると、ちょっとしたスキマ時間を有効に使うことができない。それらを全部事務の前倒しに使ってしまうのだ。今のうちにできることをどんどん進めておこう、という気持ちになってしまうのだ。

こうなるとキリが無くなり、本を読む、とか勉強をするなど自分を高めるための時間まで事務処理に変えて満足してしまうことがある。

「知的生活」の著者であるハマトンは、こうした状況を「実務的技能に自由に活動する余地を奪われてしまう」と言っている。

知的生活が実務処理に駆逐されないために | 教師の知的生活ネットワーク

 

 

 

「外からの圧迫が最高になると高度な知的生活は全く頓挫してしまい、高度な知性もより低次元の、しかし目前の事態には即効力を発揮する実務的技能に自由に活動する余地を奪われてしまう。」

その日にすることがわかっていると、同時に「これはその日にしなくてもいい」ということもわかる。

だからやたらと焦る必要はないのだ。

焦らず、悠々と知的生活を続けながら、しかも実務はどんどん進めていく。

今の私がそういうことを完璧にできているとはまだまだいいがたいが、少なくとも2006年の2月のあの日以来、私はそのような生活への道を歩み出すことができ、歩みを進めることができている。

 


以上です。回想おしまい。







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