chocoZAPで50分ほど歩きながら、寺田寅彦の随筆集を読んでいました。
久しぶりにウォーキングをしながらじっくり読めて、幸せな時間でした。
私は寺田寅彦を自分の先生だと思っています。私淑している、という言い方が近いです。理由は2つあります。
目次
瑣末なことを研究対象にする視点
ひとつは、日常のあまりにも取るに足りないと思われるような瑣末なことに目を向け、それ自体を研究対象にしたことです。
寺田寅彦は、金平糖の角がなぜできるのか、墨流しの模様がどう広がるのか、といった誰もが見過ごすような現象を、真剣に観察し、研究の対象にしました。
その着眼点は、普段の人にはなかなか持てないものだと思います。アンテナの敏感さという点で、大きく学ばされることが多いです。
科学と芸術は表裏一体だという確信
もうひとつは、科学と芸術のどちらも極めた人であることです。
当時の物理学者でありながら、夏目漱石の門下生でもあり、『吾輩は猫である』に登場する寒月君のモデルにもなっています。
私は、レオナルド・ダ・ヴィンチやアインシュタインがそうであったように、科学と芸術は相互に補完し合うものであり、表裏一体で、基本的には同じものだという考え方を以前から持っています。
科学や数学に美を求める感覚は、30数年前にシュタイナー学校で受けた衝撃に由来しています。当時の私にとってその考え方は、驚きであると同時に、自分自身の生き方にすごく合うものでした。
今も変わらず持っている考え方
AIエージェントを使って効率よく仕事を進める毎日の中で、寺田寅彦をウォーキングしながらじっくり読み返し、瑣末なことへの着眼と、科学と芸術を分けない姿勢を、改めて自分の中心に置きたいと感じました。
効率と、一見遠回りに見える観察や美への感覚は、対立するものではなく、私の中ではずっと同じ場所にあります。

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