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脳内に「知のネットワーク」をつくる読書

知的迷走日記保管庫

読書について、最近よく考えていることがあります。

僕はこれまで、話題のベストセラーや、自分の興味のあるテーマの本を選んで読むことがよくありました。
でも、どんどん本を読んで知識を増やしていくと、ちょっとした困り事も出てくるんですよね。

本を読んで「面白かった」「勉強になった」と満足しても、1ヶ月もすると内容をうまく引き出せなくなるんです。
1ヶ月どころか、1週間ぐらい先になるともう思い出せないこともあります。

誰かに説明しようとしても、「すごくいい本だったんだけど……」と言葉に詰まってしまう。
具体的な言葉が出てこない。
そんな経験、ありませんか。

おそらく、読んだ時には知識として頭の中に入ったけれど、それがバラバラで孤立していたために、出てこなくなってしまったんじゃないかなあと思います。

過去のメモを見返していて、ふと目が止まった言葉がありました。

「本を選ぶ時には、『今日はこの本を僕の知のネットワークのどこに繋げようかな?』と考えて選ぶ」

自分で書いたメモなんですが、改めて読むと、結構大事な視点だなあと思いました。
知のネットワークに繋げるということ。
今日は、このメモをきっかけに、知識を有機的に結びつけることについて考えてみます。

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目次

点ではなくウェブを作る読書

知のネットワークというのは、頭の中にあるウェブ、蜘蛛の巣のようなイメージです。
様々なメモや知識が孤立せず、同じカテゴリーや意味で関連付けられている状態ですね。

乱読というのもエネルギッシュで好きなのですが、それだけだと知識同士のリンクが切れたまま、それぞれ独立したままになることが起こりがちです。
せっかく読書をしても、関連付かないままだと、検索して引っ張り出すことができません。
タグ付けされていないファイルのようなもので、手がかりがないから思い出せないんですよね。

スティーブ・ジョブズの「コネクティング・ザ・ドッツ」という話を思い出します。
将来を見据えて点と点を繋ぐことはできない、できるのは過去を振り返って繋ぐことだけだ、という話です。
これも一つの真理だなあと思います。
無駄に見えた過去の経験が、後になって活きることはありますから。

でも、僕の過去のメモのアプローチは、もう少し能動的でした。
「本を選ぶ時には、最初から繋げようと考えて選ぶ」ということです。

ジョブズは結果として繋がると言いましたが、僕は「最初からリンクを貼りに行くぜ!」というアグレッシブな感覚で本を探しに行くことを大事にしたいなと考えます。
知識のウェブを、自分から広げに行くイメージですね。

例えば、歴史の本で明治維新について読むとします。
普通に読んでいるだけでもたくさんの知識が得られますが、それはまだ点としての知識の集まりです。

ここで、繋げようと意識すると変わってきます。
明治維新とは全く関係のない、例えばIT革命の本が目に止まったとします。
「これ、私の知のネットワークのどこかに繋がるかな?」と思って選ぶわけです。

すると、以前読んだ明治維新の知識と何か繋がり、「あ、このIT革命の構造、明治維新の話と似てるな」と思うことができるかもしれません。
そうすると、頭の中の明治維新とIT革命が、「二階建て構造」という一本の線で繋がります。

脳に例えると、明治維新とIT革命という一見別のニューロンが、構造というシナプスで繋がったことになります。
こうして「明治維新とIT革命は構造が似ている」という新しい価値が生まれます。
ここから何か既存の知識のネットワークと繋がらないかな、と期待して本を選ぶと、とても面白いです。

知識のウェブを作るマジックテープ理論

では、どうしたらこのネットワークを作れるのか。
ネットワークができていく様子は、マジックテープに似ているような気がします。
片方がフサフサで、もう片方がチクチクしていて、それが引っかかってくっつくあれです。

記憶も同じようなものかもしれません。
新しい知識が入ってきた時、それはテニスボールのようなものだと想像してみてください。
周りがフワフワしているテニスボールです。

ポンポンと跳ね返ってどこかへ飛んでいってしまうんですが、頭の中にいくつもフックがあったら、そのフワフワした部分が引っかかりますよね。
これが、既存の知識と繋げるというイメージです。

たくさん本を読んでいるのに、知識が増えるだけでそこから何も生まれてこないということがあります。
それは能力の問題ではなくて、フックに引っ掛けて繋がりを作ろうという姿勢がなかったからなんじゃないか。
近頃はそう思うようになりました。

逆に、一冊の本から多くのことを学べる人は、きっと頭の中にフックをたくさん用意しているんだと思います。
自然と「あ、あれと同じだ」と気づくんですよね。

なので、本を選ぶ時に「どこかに繋げよう」と考えるのは、自分の頭にあるフックを「さあいつでもどうぞ」と臨戦態勢に持っていくことなんですね。
そうすると、この新しい本はどの知識と握手できるかな、と考えながら読めます。
これだけで、ただ消費するだけの読書から、知識を積み上げる読書に変わっていく気がします。

面白い繋がりを作るための本の選び方

このような本の選び方だと、基本的に何を読んでもいいということになります。
どんな本でも、すでに持っている知識の何らかのフックと繋がると思いますから。

でも、繋がって面白いのは、明治維新とIT革命のような、全く関係ないもの同士の繋がりですよね。
量子力学と人生論なんて非常に面白い結びつきが得られそうですし、僕も実際にその結びつきで本を書いたことがありますが、とても面白かったです。
八百万の神の神話と日本の政党史とかも、全然関係ないけれど結びつくことがあります。

自分が詳しい分野のすぐ隣にあるテーマを選ぶのは、知のネットワークの補強としては有効ですが、広がりにはなりにくい気がします。
例えば大正時代の詩集が面白かったからといって当時の作家の詩集ばかり読んでも、レポートは書けるかもしれませんが、そこから知的に面白い新しい生産はできにくい気もします。

それよりは、自分が正しいと思っていることに対して、あえて反対を唱えている本を読む方がなんぼか生産的な感じがしますね。
糖質制限が良いと思っている私が、糖質は必要だよという本を読んでみる、みたいなことです。

 

ただこの場合、「いろいろあるよね」で終わってしまうと大したことにはなりません。
繋がることで何らかの価値が生まれることが大事ですね。

太い幹を押さえていくという読書の仕方もあります。
読んでいる本の中に引用されている古い本、つまり元ネタを読むんです。
『人新世の「資本論」』を読んだら、その元ネタの『資本論』を読むというようなことです。

そうすると、最新の理論が骨太になって、それをコアとした強いネットワークが生まれていくかもしれません。

自分だけの知識ベース

今日は、本を知のネットワークに繋げるというテーマで書いてみました。

日々膨大な情報に触れていると、ただ流されていく感覚になることが多いです。
だからこそ、繋げるという意識を持つようにするといいのかなと思います。

僕は戦国時代の歴史を読むのが好きなんですが、高山右近というキリシタン大名がいます。
ある時、秀吉から信仰を捨てるように求められた際、黒田官兵衛などは形式的に捨てて命令に従いましたが、高山右近は「見せかけだけでも信仰を捨てるなんてできません」と拒否したんですね。
その結果、領地を没収されてしまいました。

今回、選挙のニュースを見ていて、この話に繋がったことがありました。
政党の合流などで自分の信条を形式的にでもひっくり返して道を選ぶ人がいる中で、形だけでも捨てることを潔しとしない人がいました。
その姿を見て、高山右近と同じだなあと思ったわけです。

高山右近と現代の政治家を繋げて話をする人はあまりいないかもしれませんが、この結びつけ方は、僕のオリジナルの知のネットワークの中から生まれたアイデアということになります。

こうやってあちこちに結び目を作っておくと、それがフックになって、色々な知識が入ってきた時に自分のネットワークが作りやすくなっていきます。
そのうちに、誰にも奪われない自分自身の資産になっていくはずです。

今度本棚を眺める時、「科学の本があまりないな」と思ったら、科学の本を読んでみてはいかがでしょうか。
パズルを埋めるような感覚で本を選んでみると、面白いネットワークが生まれるかもしれません。

「この本を僕の知のネットワークのどこに繋げよう」
そんなふうに考えて、次の一冊を選んでみるのも面白いんじゃないかなと思います。

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