10 黎明記

パソコンで、ゲームをしていたあの頃

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パソコンを買った翌年1987年の春、私はワープロの使い方の探求に熱中していた。プログラミングは続けていたが、先が見えない。すでに供給されているソフトの使い方を工夫したほうがはるかに有能だということに気づいてから、ワープロの使い方の探求の方にのめり込んでいったのだ。

しかし、パソコンではさらにもっといろんなことができるはずだ。
そろそろ次の段階に行きたいなと思っていた私は、次の段階としてゲームにはまることになった。

当時のゲームは前回お話したような自分で雑誌に出ているCodeを必死に打ち込んで走らせる、といったことができるくらいの、実に簡単なもので、何度かやったらもういいや、と思うようなものだった。
だからわざわざソフトを買ってまで遊ぶほどではないと思っていた。

ところが、1987年の春、私が昨年の暮れにパソコンを買ったと聞いて弟がPC8801用のゲームをどっさり持ち込んできたのである。
それほどのゲームが売られている、ということにも驚いたが、こんなすごいゲームが実はあったのか、ということの方におどろかされた。
僕がイメージしていたファミコンのようなピロピロしたアクションゲームとは全く違う。
ファミコンよりはるかに美麗で、複雑で、広大な世界を持つものだった。
こういうことがパソコンではできる。
そのことに私は驚くとともに、これからその道を、探求していく喜びを感じた。

弟が持ち込んできたゲームにはロールプレイング、シミュレーションなど様々な種類のものがあった。

その中に「ZANADU」というゲームがあった。驚異の売り上げを誇る大ヒットゲームだ。


広大なダンジョンの中を冒険しながら経験値を上げ最後の敵をやっつける、というよくある内容のゲームだが、この単純なシステムがその後30年近くに渡ってはまりつづけるゲームになるとは当時予想もしなかった。いわゆる剣と魔法の世界の基本的な知識がこのゲームをすることで身についてしまった。

三国志、信長の野望などの経営型シミュレーションや、大戦略のようなストラテジー型シミュレーションなど、パソコンの計算能力を駆使したパソコンならではのシミュレーションゲームもあった。



特に大戦略はその後何年にもわたって楽しむ自分内での大ヒットゲームとなった。
80年代の初め頃から流行っていたボード上で行われていたタクティクスゲームをそのままパソコンに持ち込んだもので、六角形のマスで作られたマップ上で敵味方の部隊を展開させ、将棋の駒を進めるようにパソコンと交代でゲームを進めていく。
せっかく育てた戦車部隊が、思わぬところから現れた敵の対地ロケット砲を積んだヘリに難なく全滅させられる悔しさや、そのヘリを対空ロケット砲を積んだ戦車で撃ち落としてしまう爽快さなどを、味わわせてくれた。

こんなゲームが成り立つのか、というような驚くばかりのシステムを持ったゲームも次々に出た。シムシティはその典型だった。91年ごろだったように覚えている。

広大な何もない場所に建物を建てて街を作っていくのだが、今では定番のようなそのゲームも出た当時はこんなゲームが大ヒットして、その後このシステムが都市型シミュレーションとあうひとつのジャンルを作るようになるなど思ってもみなかった。

私が好きだったのは、F15やF16などの戦闘機に乗って自由に広大な空を飛び回るフライトシミュレーションだ。飛び立つのは簡単なのに、滑走路の方向に機体を合わせて、だんだん高度とスピードを落とし着陸をするというのがいかに至難の技であるのかということを嫌という程味わわせてくれた。
仕事が混んでいて夜中の3時に帰宅するような日でも、布団に入る前の30分は必ず飛ばしてすっきりしてから寝たこともある。

これらのゲームを夜な夜なやりながら、わたしはパソコンというものの素晴らしさを味わっていたのだった。
当時すでにファミコンは円熟期を迎えていたが、ゲームの多彩さ、グラフィックの美麗さ、本格的なシステムなどパソコンのゲームの優れた面を好んでいた私はファミコンには目も向けなかった。
パソコンのゲームをファミコン版としてリメイクしたものは、パソコン版の機能を削ったり縮小したり、はたまた子供向けに簡単にしたりなどといったことが、多かったからだ。
テキストもひらがなで大きく、滲んでいた。パソコン版では、漢字が使えて、とても綺麗で見やすいのに。
ゲーム機はお子様むけ、というイメージだったのだ。
ゲーム機としてパソコンを抜いたものが作られるようになるのはスーパーファミコンのずいぶん後の時代、プレイステーションが出る頃になってようやくの頃だと自分では思っている。90年代中頃のこと。専用のグラフィックエンジンを積んだ高速処理で3D画像をグリグリと動かせるゲーム機は、パソコンでは太刀打ちできない。

その頃から私はパソコンでゲームをあまりやらなくなった。
専用ゲーム機に移行することはなかった。私はパソコンでゲームをする、ということ自体に魅力を覚えていたからだ。
なんでもできる万能の機械、パソコン。
その事自体が嬉しかったのだ。

その後、パソコンは通信という機能を手に入れ、一つ上の段階に進むことになる。1990年代のはじめだ。パソコン通信だ。インターネット前夜のテキスト主体の通信だが、自分のパソコンの向こう側というものを初めて感じた時代だった。

音楽や、絵をパソコンで作れる時代もその後すぐにやってきた。Windows時代の始まりだ。始めて、自分のポソコンが1200万色の画像を表示するのを見たときには、感動したものだ。

これらの波に次々に乗りながら、私はだんだんゲームから卒業していくことになる。
時間があるときにはパソコンに向かい、物を書くか、絵を描くか、音楽を作るかしている。

それでも、寝室にはまだ、PC9801が電源の入る状態で置かれており、90年代初め頃のゲームを楽しむことができる。
ポビュラスなどは、今でも十分魅力的だ。







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