
昨日、会合の後に後輩とマックでコーヒーを飲みながら、とりとめのないおしゃべりをしました。
話題が「部下の育成」になったとき、後輩がぽつりと言ったんです。
「いやあ、この前ね。『こんなこともできないのか』って内心ではものすごく怒っていたんですよ。でも、それじゃいけないと思って、笑顔を作って『次からはこうやろうね』って優しく言ったんです」
それなりの経験を積んできた彼なりの、部下への気遣いだったのだと思います。
でも、僕はその話を聞いて、「そうか。でもね、キミが『絶対おこっている』ってこと、それ、確実に相手に伝わってるからね」と言いました。
目次
隠した怒りは、必ず伝わる
「怒っているけど、それを隠して笑顔を作る」。
これは、上司や先輩の立場にいる人なら、誰でも一度はやってしまうことかもしれません。
やってしまう、というより、しっかり気遣ってあげられたと自分を満足させrかもしれませんね。
自分のときは、上司から怒られていやだったから、それを部下に感じさせたくないという気遣い、心遣い。
一見するといいことのように見えます。
でも、表向きは穏やかに、言葉選びも慎重にしている。でも、腹の底では煮えくり返っているというのは、いくら気持ちを隠しているつもりでも、相手には全部バレています。
人間って不思議なもので、言葉の内容よりも、その人が発している「感情のエネルギー」の方を敏感に察知するんですよね。
部下は、上司の引きつった笑顔を見た瞬間に、「あ……怒っているな」と本能的に理解します。
その結果何が起こるか。
部下は萎縮し、上司の顔色ばかりをうかがうようになります。
「どうすれば怒られないか」「どうすれば無難にやり過ごせるか」ということばかりにエネルギーを使い始め、本来の仕事に向かう力が削がれてしまうんです。
なぜ、私たちは「怒る」のか
そもそも、「怒るな」というのは非常に難しいことです。
なぜ、私たちは部下に対して「このくらいできるよな」「なんでこんなこともできないんだ」と思ってしまうのでしょうか。
それは、比較する対象を間違えているからだと思います。
無意識のうちに、「自分はこれまでこれだけの修羅場をくぐり抜けてきた」「自分は若い頃、これくらいやれていたはずだ」と、過去のできるようになった自分を基準にしてしまっているんです。
でも、その「無意識の基準」を持っている上司って、部下にとっては経験もスキルも圧倒的に上の存在ですよね。
そんな上司と自分を比べられる部下の立場からすれば、たまったものではありません。
僕も比べられまくって辛かったのでよくわかります。
本人なりに一生懸命成長しようともがいているのに、目の前には「絶対に越えられない巨人」がドスンと立ちはだかっているわけですから、それはつらい。
そんな状態が続けば、「成長しよう」という意欲よりも、「とりあえず今日は無難にすごそう」という防衛本能のほうが強くなってしまうのは、当たり前のことだと思うんです。
比較対象をスライドさせる
じゃあ、どうすればいいのか。
「このくらいできて当然」というマインドを一旦横に置いて、「あ、今日はここまでできたんだ」という視点を持つことから始めるといいのかなーと思います。
比べる対象を、「自分」から「部下の昔の姿」へとスライドさせるんです。
僕たちだって、最初からデキる人間だったわけじゃありません。今の部下と同じように、右も左もわからず、たくさん失敗してきたあの道を通ってきているはずです。
だからこそ、部下の少しの成長を見たときに、「あ、今回は彼なりにこんな工夫をしてきたな」と、その小さな変化に気づくことができる。
いや、上司であるならば、その変化に気づけなければいけないと思うんです。
「かわいらしい」という感情の力
そうやって、相手の成長の軌跡そのものに目を向けるようになると、不思議な感情が湧いてきます。
なんというか、「かわいらしい」という感覚ですね。
「おお、健気に一生懸命やってるなあ。成長しようともがいてるなあ」
そう思うと、自然と愛おしくなってくるんですよ。
そして、ここが一番大切なところなんですが。
怒りが相手に伝わるのと同じように、この「かわいらしいな」「頑張ってるな」というポジティブな感情もまた、確実に相手に伝わります。
ベースにその温かい感情があれば、本当にダメなことをしてしまった時に、「それじゃだめだよ」とストレートに叱っても、決して関係は壊れません。
怒りを隠して笑顔を作る「嘘」の指導と、ベースに愛おしさを持った上での「本当」の叱責。
後者であれば、部下は「自分のために叱ってくれたんだ」と受け取ることができます。「ありがたいなあ」と思ってもらうことさえ出来るんです。
巨人ではなく、伴走するコーチへ
「可愛く思っているけど、あえて怒って見せる」ことと。
「腹の底では怒っているけど、無理して笑顔を見せる」こと。
この二つは、似ているようでいて、天と地ほどの違いがあります。
後輩とのマックでの会話を通して、僕は改めて考えました。
「このくらいできるだろ」と自分の基準を押し付け、相手の行く手を阻む「巨大な壁(巨人)」として君臨してはいけない。
そうではなくて、本人の出発点からどれだけ進んだかを一緒に喜び、時に厳しく道を示しながら、すぐ横を一緒に走る「伴走するコーチ」でありたい。
後輩へのアドバイスのつもりでしたが、いつの間にか、自分自身への強烈な戒めになっていましたというお話でした。
たんたんと、でも愛を持って。
今日もまた、誰かの伴走者として走っていきたいですね。

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