歴史上の人物や芸術家のお墓に参る習慣は、ありますか。
自分の親族のお墓ではなく、歴史上の人物の足跡に思いをはせて、そのお墓を巡礼する人たちがいます。
墓マイラーと呼ばれる人たちです。
今回は、その墓マイラーの名付け親、文芸研究家のカジポン・マルコ・残月さんを紹介します。
シニアの教養ラジオという再生リストに、私が話した音声をAIで動画にして投稿しました。
カジポンさんは、29年間で100カ国を訪れ、2300人もの偉人のお墓を巡礼してきた方です。

この話のもとは、私が2017年にスクラップしておいたネット記事のメモです。
ここから先は、その記事に書かれていたカジポンさんの話です。
記事は2016年に出たものなので、そのときからもう10年たっています。
今は、さらに多くの国を訪れているのではないかと思います。
なぜ、そこまでしてお墓を巡るのでしょうか。
カジポンさんの巡礼の話と、芸術が持つ力について書いていきます。
目次
19歳でドストエフスキーの墓石に触れた衝撃を、カジポンさんはアートサンダーと呼ぶ
カジポンさんが初めてお墓を巡礼したのは、19歳のときです。
向かったのは、ロシアのサンクトペテルブルグです。
作家ドストエフスキーのお墓が目的でした。
10代のころ、カジポンさんは、精神的にとてもしんどい時期を過ごしていました。
そのときにドストエフスキーの『罪と罰』を読んで、人類も捨てたもんやないな、と救われたのです。
カジポンさんにとって、ドストエフスキーはご両親に次ぐ恩人でした。
だから、どうしても一言お礼を言いたいと思ったのです。

お墓を見つけたとき、カジポンさんは感激してダッシュしました。
そして手のひらで墓石に触れ、スパシーバ、つまり、ありがとうと伝えました。
この瞬間、全身が雷に打たれたような衝撃を受けたといいます。
僕のヒーローは架空じゃなかった、本当にいたんだ、と感じ、熱い血が通ったようで鳥肌が立ったとのこと。
カジポンさんは、この体験をアートサンダーと呼んでいます。

ふと後ろを振り返ると、そこには大好きな作曲家の、チャイコフスキーやムソルグスキーのお墓が並んでいました。
カジポンさんは、一人一人のお墓にスパシーバと伝えました。
自分には恩人がたくさんいることを、カジポンさんはそこで確かめたのです。
感動をもらいっぱなしでは申し訳ないと考え、ベートーベンやゴッホ、手塚治虫、シェイクスピア、すべての人に感謝を伝えないといけないと思いました。
これが、29年にも及ぶお墓巡礼の始まりでした。

旅先で出会った人と警察が、お墓まで連れて行ってくれた
海外でのお墓巡礼は、簡単にはいきません。
とくにインターネットが広まっていない時代は大変でした。
現地での聞き込みが基本だったからです。
2000年、カジポンさんはヘミングウェイのお墓を訪ねるために、アメリカのアイダホ州へ行きました。
ところが、近くの町まで着いたのに、お墓へ行くバスがありませんでした。
タクシーだと往復で10万円以上かかります。
しょげていると、デンマーク人の旅人が声をかけてくれました。
そして翌日、往復11時間もドライブして、お墓へ連れて行ってくれたのです。
お礼のお金を渡そうとしても、その人は受け取りませんでした。
僕もヘミングウェイを愛しているから、と言ったそうです。

同じ年の7月にも、信じられないことが起きました。
スヌーピーの作者、チャールズ・シュルツのお墓を探していたときのことです。
カジポンさんは、新聞の記事だけを頼りに、カリフォルニア州の町へ行きました。
警察署で場所を聞いて地図をもらったのに、2時間探しても全く見つかりません。
子どもに聞いても、こんなところにそんなのないよ、という答えでした。
涙目で警察署に戻り、You mistake、と訴えました。
警察が調べ直してくれて、正しい場所が分かりました。
でも、もう時間がありません。
すると警察は、ノープロブレムと笑って、カジポンさんをパトカーに乗せ、サイレンを鳴らしてお墓まで急行してくれました。
彼らの芸術への愛が奇跡を起こした瞬間だった、とカジポンさんは振り返っています。

他人と違うところを見るのが戦争、同じところを見るのが芸術
カジポンさんは、なぜそこまで芸術にのめり込んだのでしょうか。
カジポンさんもまた、孤独を経験していました。
高校2年生で家を出て、一人暮らしを始めています。
失恋もたくさん経験しました。
好きな人のために美術を猛勉強しましたが、振り向いてもらえませんでした。
また別の人に近づきたくて、ショパンのコンクールについて調べ尽くしましたが、それでも振られてしまいました。
でも、そこでカジポンさんは、芸術というダイヤモンドを拾うことができたのです。
偉大な芸術家たちも、孤独や苦悩を抱えていました。
ベートーベンもショパンも、生涯独身です。
カジポンさんは、偉人たちとスクラムを組めたような気がしたので、失恋にも耐えられたといいます。
長年の文芸研究とお墓巡礼を通じて、カジポンさんは一つの言葉にたどり着きました。
他人と違うところを見るのが戦争、同じところを見るのが芸術。

アンネ・フランクのお墓の前には、世界中から手紙が届いていました。
スペイン語、フランス語、ハングル、日本の折り鶴もあったそうです。
国も言葉も違う人たちが、同じ一人のお墓に思いを寄せていたわけです。
素晴らしい作品は、時間も国境も越えて、読む人に感動を与えます。
人間には、他者に共感する力があるということです。
国籍や文化が違っても、私たちは分かり合えます。
芸術作品は人を信じられる証拠だった、とカジポンさんは感じました。
同じところを見るのが芸術、という言葉そのものです。

お墓は、そこに眠る人のラストメッセージ
カジポンさんは、お墓はそこに眠る人のラストメッセージだ、と言っています。
なぜそんなにお墓に行くのかと聞かれると、むしろあなたがなぜお墓に行かないのか教えてほしい、と答えています。
カジポンさんにとってお墓巡礼は、息をするのと同じことなのです。
私たちも、心を動かされる作品に出会うことがあります。
そのとき、作者の人生や思いに、少しだけ寄り添ってみてはいかがでしょうか。
きっと日常が、少しだけ豊かになるのではないでしょうか。
シニアの教養ラジオの前の回は、こちらです。


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