若い教師のみなさんへの手紙

PowerPointで思考停止してしまうプレゼンとは

投稿日:2012年9月7日 更新日:

プレゼンについて。

PowerPointはこよなく便利だが、プレゼンをつくると教師はそこで安心し思考停止してしまう傾向がある。PowerPointできれいにつくったから「わかるはず」と思い込んでしまい、もしくはそれさえも考えずに、自己満足してしまうのだ。PowerPointの奴隷になってしまっているといってもいいかもしれない。

考えぬいた文言を間違いなく伝えないといけないと思うあまり、原稿を読むことに気持ちが入ってしまい、「つくったプレゼンを資料として使いながら大事なことを伝える」というパフォーマンスができなくなっている場面をよく見る。聴講者はスクリーンを見ていいのか資料を見ていいのかわからなくなってしまう。発表者の顔を見て聞くのが一番わかり易いのに、当の本人は下を向いたまま・私に話してくれているというよりも原稿を読んでいるだけだから目のやり場に困ってしまうのだ。

噛んで含めるような原稿読みの丁寧な言葉は時として聞いている人間にはよくわからない。それよりも、リズムがあり、抑揚があり、間があり。スピード感があるかと思うと、じっくりと考えが追いつくのをまってくれたり。そういうような「ふだんの口調でかたりかけてくれる」ようなパフォーマンスの方がきいていてわかりやすい。

提案者がよく「資料をごらんください」などというが、資料のちからなど借りず、スクリーンと自分の言葉だけで勝負をしてほしい。ただでさえ暗い会場で資料など見ないとわからないというのでは理解は半分もふかまらない。

流麗にながれていくプレゼンもよくわからない。わからないというよりも次々と忘れて流れていってしまう。立ち止まり、立ち戻り、ひっかかり。そのようなプレゼンはよく理解できる。おそらく自分の脳の理解の速度にあっているからだと思う。

同じスライドばかり長い時間映されていて、それをもとにずっと話をされるのもこまる。スライドをみていても、発表者の言葉は頭に入ってこない。今の話にとくに必要ないなら、スクリーンを切るか、むしろ空白のスライドにして、聴講者の目を発表者の顔にむけるようにしてくれるほうが頭に入る。

つらつらと書いたが、つまりプレゼン者の思考停止というのはそういうことであって、「できてしまったのでそれを立て板に水を流すように説明すればおわり。見る人はわかってくれるだろう」と思い込み、「見る人がわかるのか」という点に考えが及ばなくなっていく。私はプレゼン会場で資料などみたくない。スクリーンと発表者の顔と言葉だけでわかるプレゼンがいちばん理解できる。もらった資料などあとから読めばいいんだと思う。

PowerPointはこよなく便利だが、特に若い教師にはそんなものなかった時代にはどのようにして聴講者に伝えていたのかということに思いを馳せ、思考停止せずに「よいプレゼン、よいパフォーマンス」をしてほしいと思う。

なお、本校では次のようなPowerPointスライドは近頃ようやく絶滅してくれているので本稿ではのべなかった。

スライドごとに背景がちがい、統一感がないデザイン。

背景がはでで、文字がみえない。

補色どうしの色使いのため目がちらちらして何がかいてあるのかわからない。

意味のないアニメーション。

ワードアートや、ふきだしなどの図の多用

ずらっと字が書いてあり、聞けばいいのか読まねばならないのかわからない。

 







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