この題材は3年生の絵の題材の定番ともいえるもので、実に昔から実践されているものです。

私も担任生活のうちで3回ほど描かせました。

なぜ定番かというと、

リコーダーの学習が始まるので、だんだんふけるようになってきている様子を嬉しい気持ちで表せるだろうということ

3年生くらいになってくると、少しずつ見たままの写実的な表現をしたくなってくるので、指のクロッキーなどを重ねることによって、線描の力の高まりを感じながら描くことができるであろうということ。

また、ものとものとの重なりを表現できるようになってくるので、体、笛、指という3つの重なりを表す力を身につけるのに適しているであろうということ

というように、いろいろとこの時期に「笛を吹くともだち」という題材で絵を描かせると子どもたちの発達にとってよいであろう、と考えられているのです。

児童画展の審査に行くと、必ずこのリコーダーを吹く絵が大量にでてきます。

気になること

それは、あきらかにデジカメで撮った写真を見るなり写すなりして描かせているのではないかと思われる絵が多い、ということです。見るからに写実的で、体の各パーツの比率や位置関係、傾きなどが立派に表現されています。

大人の描くような写真のような絵。でもちっとも子どもの描いた絵のようではないのです。この子どもたちは「表現」に没頭できたのかな、その結果として情操を豊かにしていくことができているだろうかな。そのように思ってしまうのです。

3年生なりに、発達の過程で獲得した技能を発揮して表現し、先生からそれを賞賛され励まされる。これらの経験を繰り返して子どもたちの情操は豊かになっていくのです。

だから、子どもの発達という指導上の重要な視点から見た場合、大人の絵のように比率があっていなくてもいいし、重なりがうまくできずに透き通っていてもいいし、位置関係や傾き加減がおかしくてもいいのです。

安易に題材を決めないで

ということで、3年生の子どもたちに何の絵を描かせようかしら、という時に、安易に「3年生だからリコーダーにしましょう」なんていう決め方はしないほうがいいですね。

少なくとも、「本当にこの子たちにリコーダーを吹いている絵を描かせるとどんな価値があるのかしら」ということをちょっとでもいいから考えてほしいと思っています。

ところで私の指導ですが、これは7年ほど前、最後に3年生を担任した時の作品です。

これは「ともだち」ではなくて「わたし」です。

笛を吹いてうれしい私の顔を家で鏡を見てかいていらっしゃい、という課題を1週間くらいやりました。

うれしいときの目とかリコーダをふいたら顔は口はどんなふうになるとかそういう視点で鏡の中の自分の顔を再発見させました。

だから、実際に画用紙に描くときには何も見ないで描いています。

手は友達に「ラの音の指にして」などとお願いしてクロッキーしています。3年生くらいになると、クロッキーをさせるのは大事なことです。適度な達成感とともに、「見る力」が高まります。

線描材は「筆」。

1学期に初めて習字学習を始めた時から、習字の時間の最初の2,3分は「エクササイズ」といって、太筆や細筆で縦横無尽に線を描くエクササイズをしてきました。だからどの子も太筆で細い線をかけるようになっていました。それを活かしたのです。


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最後の、いいなあ。顔が赤らんでいて力を入れてふいているのか、恍惚としてふいているのかわかりませんが、そんなことを見る人に感じさせる余地のある絵です。

次のこれ、リコーダーじゃないぞ、といわれるかもしれません。この子はふえよりも当時クラスで流行っていたあやとりを描きたかったのです。「あやとりを楽しむわたし」です。これでも十分に題材の目標を達成できると考え、描かせています。これもありです。

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本の紹介

25年前の海外生活,PC事情,メモや手帳のことなどについて書いてます。

「私のシドニー派遣教員日記」
現地の児童相手になんとか楽しい授業をしようとジタバタしたことが,今の自分をどのように作っているのか。




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