01 知的生活へのあこがれ Lyustyle独言

1980年。北海道の過酷な労働に,私はヘッセを携えていった

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20歳になる直前,私は北海道の牧場に住み込み,牛とともに暮らした。

 

牧場での過酷な労働のことは知っていた。

40日間、朝5時起きで休みはない。当然だ。牛の乳は日曜日だからと言って出すのを伸ばしてはくれない。

日曜であろうがなかろうが何十頭もの牛の乳房をきれいに洗い、乳を絞らなければならない。

牛にけとばされて気絶し,800kgの体重でふみつけられることもある。(あった。2回も)

 

そんな過酷な労働環境に行くのに、私は気休めのマンガではなく、ヘルマンヘッセを携えていった。

「春の嵐-ゲルトルート」。

 

いったい何のつもりだったのか。

疲れてきつい体で,そんな本を読もうという気力がおこるなどと思っていたのだろうか。

もとより,読む時間などない。

5時に起きたとたん牛の乳しぼりと牛舎のそうじ,その後朝食を食べるとすぐに牧草刈りに出かけ,一日中牧草地に出ているのだ。

数千個の牧草をトラックに上げた後,ふらふらになって牛舎に戻り,夕方の搾乳を終える。夕食を7時にとってから,家族と団らんをしたら,9時以降はとてもおきていられない。爆睡だ。

どこにも本を読む時間などない。

・・・

いや,ひとつだけあった。トイレの中だ。

私が,ヘッセを読んだ時の場所の記憶は,トイレの中以外にない。

体力も限界の労働の中で,知的な欲求だけはらんらんとさえていたのだ。

そして,たった一冊持って行ったその本を,私はトイレの中で読み終えたのだった。

 

20歳になる直前の私はそういう青年であった。

なぜ,マンガをもっていかなかったのか,わからない。漫画家になろうとしていたくらいだから,マンガはたくさん持っていたのだ。

それなのに,つらい労働の合間に読もうと決めて持って行ったのがヘッセだった。

今頃ふと思い出してびっくりしている。

その時の気持ちは今となっては理解しがたい。

北海道でヘルマンヘッセの「春の嵐」を読むことが大事だったのだろうか。

 

「知的生活の方法」に出会う6年も前。

「知的生活」という言葉すら知らなかった頃。その方向への成長を自分でプロデュースしようとしていたのだ。辛い労働のわずかな隙間時間を知的な行動で埋めようとするような。

まったくなぜだかわからないが,6年後,教師になっている自分が「知的生活」を希求することに生涯をかける決心をすることになる,その精神的土台はすでにできていたのだ。

まったくなぜだかわからないが。

私は自分でそういう方向へ人生の舵を切ろうとしていた。

 

そして,またまたまったくなぜだがわからない。なんで今頃こんなことを思い出したのか。







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