「技術ということ,生産ということ」

実に軽快に読み上げてしまった。

「そこでは,たぶん「生産」と同じような技術が,使える。GTD,デイリータスク・リスト,第2領域」

「・・・。いや。そうはならない,という気がしている。人類は。」

など,一文が短かったり,名詞止めが随所にあったりで,詩を読んでいるかのように気持ちよく読んだ。

気持ちいい。

ところが・・・・私にとっては少し難解だった。

慌てて読み返してみた。

平易な文章である。おしゃれで素敵だ。

膝を打つところも多い。

「精神を健康に保つ技術,ってのは社会貢献になりえる。」

という文などは慧眼だと思う。

ところがやはりそれらを頭の中でつなげることがうまくできない。

「あなたの思考生活に,こんな感覚はないだろうか。生産や発想に必要なものが,「概念と概念の新しい組み合わせを探す」ことよりも,むしろ「大きな白い紙のまんなかに,最初のひと単語を置くことだったり,という。そんな感覚。」

この文を読んだときはすごく気持ちよく,すーっと読んだ。

でも読み上げた後意味を考えてみたら,わからないのだ。

どうも「たとえ」のところが私にはうまく理解できていない。言葉の軽快さに,自分の理解がついていっていないようだ。

村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」を読んだときに頭の上に「?」が出たときに似ている。抽象思考がうまくできない。

 

もう一度全体を始めから読み返した。

文はとても心地よい。

しかし,自分の中での咀嚼ができない。今の私には内容をしっかり理解することはできないようだ。

情けないが,しかたない。

理解しようとするのはやめようと思った。

村上春樹の本を読んでも,私には詩的には味わえても,「たとえ」など,抽象的に描かれているところはうまく理解できない。

だから,ただただ,言葉を味わおうと思って4回目を読んだ。

とても気持ちいい。

言葉というものはいいな。安心する。

それでいいではないか。

今の私には総体的な理解は難しくても,分かる人が読んだらにはちゃんと分かるのだ。

私にもそのうち分かるときがくるだろう。そのときは祝杯を挙げる。私の知的レベルがアップしたということだから。

本の紹介

25年前の海外生活,PC事情,メモや手帳のことなどについて書いてます。

「私のシドニー派遣教員日記」
現地の児童相手になんとか楽しい授業をしようとジタバタしたことが,今の自分をどのように作っているのか。




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