ようやく編集長の知的生産論を読み終えることができた。

知的生産の「知的」という言葉が高尚さを感じさせるのならば、一度その衣を剥ぎ取ってしまうこと。これが、脱知的生産の意味だった。

知的生産は、もともとごく普通の日常的に行われる行為としてあった。そこに知的生産という名前をつけただけだ。

そのための技術である知的生産の技術は、その、知的という名前によって自らを狭く閉じ込めてしまっている。

だから本来の意味を取り戻すためには、知的生産という言葉から脱出する必要がある。

「「知的生産 」という言葉から脱出することは 、ある種のレジスタンスでもあり 、究極的には原点回帰でもあります 。その着地点こそが 、 「知的生産の技術 」の本来の姿なのです 。」

知的生産の技術という言葉の枠組みを超える枠組みを探していこう,そのように編集長は,巻頭で呼びかけた。

◇ ◇ ◇

その中に,またまた「はっ」とする箇所を見つけた。もしかしたら私の中の「知的な」ものへのあこがれの原点に関する秘密が解き明かされるかもしれない。

それは,

「高価な百科事典を家の本棚に並べることがステータスであった時代もあったのです。たとえそれが見栄を張るための行為だとしても,百科事典という知の道具を家に置くことが見栄として機能してた点は見過ごせません。」

という文。

 

私の家にも百科事典があった。

忘れもしない,小学校1年生の春,学校から帰ったら,父が段ボールから大事そうに学研の全6巻の百科事典を一冊ずつ出して本棚に並べていた。

父は私に,本棚から取り出した百科事典を開いて見せてくれた。

 

この日,私の中の何かがスタートした。

幼いながらも,その6巻の中に,世界の知の体系が詰まっているのだということを感じることができた。

父は見栄のために買ったのだろうか。

私のためにかったのだろうか。

わからない。

少なくとも,18で田舎を飛び出し,必死に働いてやっとつかんだ安定した生活,長男もようやく入学したこの高度経済成長前夜 1960年代半ばのある日,父はきっと自分の家を幼少期に十分に味わえなかった「知的な」もので満たそうとしたのに違いない。

しかし,この百科事典は,私の中では単なる飾りではなかった。大きな位置を占めることになった。

 

私は絵本をめくるように,毎日百科事典をめくった。

わくわくしながら。

世界の知にアクセスしているのだという実感があった。私の手の届くところにそれがある。

本をめくりさえすれば,世界のあらゆることがわかるのだと思っていたのだろう。

1年生の子どもが,毎日家に帰ってきたら百科事典をめくって楽しむのだ。

小学校1年生なりの知的生活の始まりではなかったか。

 

たった6巻である。しかし,子ども用ではない。れっきとした学研の百科事典だ。

おかげで,手に届くところにある知の体系にいつでもアクセスできるという環境を幼少期の私は手に入れたのだった。

私が長じて,学ぶということが自分にとって自然な行為となっていったのは,この百科事典のおかげかもしれない。

 

私にとっては,父がそろえたこの百科事典は決して飾りではなかった。

感謝。

本の紹介

25年前の海外生活,PC事情,メモや手帳のことなどについて書いてます。

「私のシドニー派遣教員日記」
現地の児童相手になんとか楽しい授業をしようとジタバタしたことが,今の自分をどのように作っているのか。




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