「心配性の人は幸いである」。
心配性の方は、一般的にあれこれ心配して先にどんどん手を打っていくので結果的に失敗ということから縁遠くなります。
しかしいつも心配してる私はきっと心配性ではありません。心配恐怖症と言ったほうがいいんじゃないかと思っています。(そんなものはないようですけど。)
心配性の人はいつも心配をしているのですが、心配恐怖症の私は心配をするのが怖いので不安の種に蓋をしてしまうのです。
その結果、様々な危険や不具合が目の前にちらついてきて初めて慌てて不安にさいなまれるといったことが繰り返される。
心配するのが嫌なのに、結果として心配しなければならなくなるといういやなスパイラルに陥りがちなのです。
心配恐怖症の私はきっとのんきなのです。
どうせなら最後までのんきで、失敗してもすみませーんで済ませられれば良いのですが、その辺はノミの心臓であるから失敗は怖い。
結果、ギリギリまで手を打たずに慌て騒ぎ不安にさいなまれるということになります。
こういったことを防ぐために週次プレビューなどをするのですが、それで何か心配事ができるのが怖いから始末に終えません。大事な週次レビューでさえ後回しにしたくなるのですから。
心配をするのが怖いのでプレビューをするのがとても嫌。
このわたしの性格を何とかしたいと思ってます。
そこで、たすくまです、
きっとたすくまでのログ取りがその役に立ってくれるんじゃないかと思います。
今の自分を見つめるもう一人の自分を鍛えることで。
何をするにももう一人の自分がしっかりと見ていて、わたしを評価することができるようになれば、心配する自分をもう冷静に見られるようになり、心配すること自体を恐れることがなくなるのでは。
そう考えて、ひたすらたすくまのログ取りでもう一人の自分を鍛えているところです。
今日の読書から
刑務所わず
昨日セールをやっていたので買ってみた。
刑務所の中から上梓した「刑務所なう」に対して、出所して過去形になったから「わず」。
まだ、読み始めたばかり。
ふんだんに添えられた漫画がとてもつまく、それを見るだけでも楽しい。
心配ぐせを直せばすべてが思い通りになる。 斎藤茂太
もう直ぐ読み終わる。
わたしの場合、心配ぐせというよりも心配が強い癖を治したい。
たすくまで。
お片づけノート
一日2つずつ物を捨てる。その時に捨てるわけをノートに書くことで執着を断ち切る、というお片づけノート。
しばらくやってなかったので再開。
ひとつめは、KindlepaperWhite の箱。かっこよかったけど、おそらく使わないので捨てた。
2つ目は一昨年買ったデスクトップPCに付属していたスピーカー。おそらくもう使わないと思われるから。
一日一新
36 ペンホルダーを買った
太めの三色ポールペンも入る大きさ。
単機能文具生活の一環。
このペンは、このノートにしか使わない。そのことをはっきりと自分に示すためのホルダー。