ラクガキ

ラクガキ王の寺田克也氏のラクガキングという本を持っている。相当分厚い本だ。

めくるページ1つ1つに、、これがラクガキ?と思うばかりのすごい線画がびっしりと並んでいる。

ラクガキとはいえ、始められた当初は人よりもたくさん書くという修行であったはず。

それが年月を経て、ラクガキというリラックスした心持の中でこれだけのものを描けるようになられた分けだ。

その点、ご本人も、先達のアニメーターが人よりもたくさん書かなければ上手になる道はないとその先輩から言われてがむしゃらに絵を描いてきたということを知り、自分でも始めたと言われている。

人より多く、そして毎日毎日何十年も。

この積み重ねが人をプロの域に押し上げていく。

 

翻って私のラクガキは心のリラックスのために行っている、

私は画家でもイラストレータでもないので、うまくなるための練習や修行と言うよりは、リラックスをして心を落ち着けるために落書きをしている。

そういういうことになっている。これまでもそのように考えてきたし,ブログにも書いてきた。

今の仕事を続けながら、絵を上達させるための練習、修行を本気で行う事はまず無理だ。

だから自分にこれまでリラックスのために落書きをしているのだと言うことにしてきた。

 

ところが、描いているとどこかでうまくなりたい、もっと上手くなりたいという気持ちが出てくる。

今より上手くなりたい、上手になりたいという気持ちは拭い切れない。

それならば,リラックスなんていってないで,やはり毎晩時間を決めてちゃんと練習をしなければならないのだ。

そうなると、これまでは好きでペンを走らせていたが、これからはどんなに時間がなくてもどんなに嫌な時でも必ずやらなければならないという厳しいことになる。

果たして自分にそれができるのか。 それはひとえに自分の本気度にかかっている。絵が上手になりたいと言うことが自分の中でどれほど本気なのか。

これからの、自分の毎日のラクガキの有り様について近頃このようなことをよく考えている。

わたしはどこへいこうとしているのか。

2

新古今和歌集

忘れじの ゆく末まではかたければ 今日を限りの 命ともがな

儀同三司母

「今日を限りの 命ともがな」という言い回しがとても好き。

百人一首にあるなあ。

たすくま再挑戦

たすくまにさわるどころではない。

しかし,もう一人の自分はちゃんと今の自分に気づいている。たすくまにさわれなくても,ちゃんと今の自分が何をしているのか気づけるようになってきている。

本の紹介

25年前の海外生活,PC事情,メモや手帳のことなどについて書いてます。

「私のシドニー派遣教員日記」
現地の児童相手になんとか楽しい授業をしようとジタバタしたことが,今の自分をどのように作っているのか。




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