たいそう大上段に構えた上から目線のタイトルですみません。

瞑想の効果,よさについては,ここで改めて述べることはないのですが,なにも怪しいものではなく,数千年に及ぶ人間の叡智から導き出された脳のリフレッシュのための方法だと考えてます。(それでいいですよね)

いわば,「脳のデフラグ」。

あれを考え,これを気遣い,脳のメモリの中が雑多な細切れでいっぱいになり効率がおちているものを,瞑想というデフラグにより,こっちのものをあっちへやってまとめ,隙間を創り,小さないくつにも分かれたブロックが一つのまとまったブロックになってとらえやすくなり,細切れだった空白が,まとまった大きな空白になる。

そうして,あらたに考える余裕ができたり,情報へのアクセスが早くなったり,要は整理されたスッキリした脳にうまれかわるわけです。

PCのデフラグを行うためにはデフラグのボタンを押せばいいのですが,脳のデフラグを行うには瞑想というボタンを押せばいいわけです。

 

2006年ころからずっとやっていて,そのよさについては実感があります。

でも,瞑想というとなにかとてつもない能力の持ち主しかできないかのようにとらえている人もいるのではないでしょうか。

また,瞑想をしていると宙にういたり,移動したりするという,どこかのマンガか何かで見た誤った印象を持っている人もいるかもしれません。

魔術かなにかの類と思っている人も中には・・・

そして,一番多いのではないかと思うのですが,頭を「無」にしなければならないと思っている方。結構いるのではないでしょうかdoujinai

 

「座禅」とか「瞑想」って,頭を無にしなければならないんでしょ。

自分はとても頭を無にするなんてできない。

あれは,特別な修行をした人にしかできないんだよ。

自分みたいな凡人が頭を無にするなんてできるわけない。

だから,一般人の自分には瞑想なんて無理無理。

 

そう思っている人。手を挙げて。

ほら,結構いるでしょ。

 

でも,そうじゃないんですよ。

そうじゃないんですよ,なんてこというほど私は立派な人でもなんでも無いです。

でも,幾多の瞑想をおこなってきて,その経験からいえる二つのことがあるんです。

聴いてくださいな。

 

瞑想の極意1 「無」にしようなんて思わなくていい

無にしようと思ったってできるわけはないんです。

でも,瞑想を始めた途端,そのことに悩まされます。

無にしようと思っても次から次へとなにやら頭にわいてきます。

「あ!だめ!また何かを考えてる!」と思って頭をふってそれを追い出してもいつのまにか頭の中に浮かんだことを追いかけてしまってます。

そのたびに

「あああ!!!また浮かんだ!」と愕然とし,しまいには癇癪をおこして

「僕には無理!ダメ!無になんかなれない!僕には瞑想の才能がない!」なんておもってしまうんです。

 

でも,考えてみてください。

私たちは生き物であり,脳という小さな物体の中で行われている科学的な反応によっていろんな思いとか考えとかが勝手に頭に生まれます。

そういうもんです。

それが自然です。

だから,私の意志で無にすることなんてできやしません。

脳の化学的な働きに,「私」というものがなにかできるわけではないのです。

だって,その「私」というもの自体が脳の働きによって生み出された「私のような感覚」茂木健一郎先生のいわれるとこのクオリアなわけですから,コントロールのしようがありません。

 

昔の人もそんなことは十分わかっていました。

無にしようと思っても自分の意志で無にすることなんでできない。

しかし,あることをすればできるんです。

それは,「受け流す」ということです。

「あ・・・何か浮かんでそれを追いかけてしまってた。」と思ったとたん,それをすいっと受け流すのです。

この荷物をもって,横にすいっと動かす感覚です。

それを繰り返すだけです。

なにかが思い浮かんで,それを追いかけていることに気付いたとたん,すいっと横に受け流す。

これを繰り返すのです。

まさに頭に何かが浮かぶことを前提とし,うかんだらうけながす。

これをしばらく繰り返すのです。

そうすると,いつのまにか頭に浮かぶたねが切れて,だんだん浮かばなくなってくるのです。

こうして浮かばなくなってきたころ,気づいたら「無」になっていた,ということを体験することができます。

瞑想の名人がいるとしたら,その状態になれるまでの時間が短いだけ。

そうでない人は,時間がかかるだけです。

僕の場合,一度だけ「あ!無になってた」と感じたことがありますが,時計をみたら30分ほどたった後でした。

瞑想の道場などにかよったこともない,本でしかやり方を学んだことのない私も,「うけながし」作業をたんたんとやっているうちに,30分もしたら「これが 無 ?」と思える状態になることができました。

その時は気持ちよかったですね。

後にも先にも一度だけですが。

 

極意1 初めから「無」になろうなんてせず,雑念がうかんだらうけながす,ということをただ繰り返す。

mochiai

瞑想の極意2 たった5分でもかわない

瞑想って,始めたら何時間でもじっと座って修行しているイメージがあるじゃないですか。

そうでないにしても,先ほど私が述べたように「無」らしきものになるのに,30分くらいかかるなら,とてもじゃないけどいそがしくてそんなことやってられない。

そう思うのが普通だと思います。

30分も瞑想なんてやってられるか。

そうですよね。

だから,瞑想なんて時間のある修行者みたいな人がやるもんだと思う人が多いと思います。

ところが。

 

瞑想はたった5分でいいんです。

「5分でいい?なんて適当なことを!だってお前はさっき無になるのに30分かかるっていってたじゃないか。5分じゃただうけながしているだけでおわってしまうじゃないか」

 

いやいや,

なにも5分で無になれ,と言っているのではありません。

よほどの達人や仙人でないかぎり,5分くらいで無になるなんてできないでしょ。

 

5分間「うけながし」をやっていると何がおこるのか。

それは脳のデフラグが5分間分行われるということです。

きれいに整理できなくても,少しは整理できるわけです。

この,5分間プチデフラグを何度かやっていると,夜寝るころには結構はデフラグが進んでいるわけで,あらためて瞑想をしようとするときにその分が生きてくるわけです。

 

昼休みだとか,地下鉄での移動中だとか,そういう時間を見つけてたった5分間の瞑想,ここではせいぜい「うけながし」でしょうが,それをちょこちょこと積み重ねるだけで,夜寝るころにはずいぶんデフラグが進行していることになります。

 

極意2 瞑想はたった5分間でもよし!

 

まとめ

勝手に極意を二つも書いて片腹痛い思いです。

でも,私が勝手に考えているのではなく,瞑想に関する本と自分の経験から書いているので,単なる思い付きではありません。

気になった方は瞑想に関する本が何冊も出ているので,読んでみてください。

人生がひらけるかも。

↓この本にはお世話になりました。


始めよう。瞑想:15分でできるココロとアタマのストレッチ (光文社知恵の森文庫)

本の紹介

25年前の海外生活,PC事情,メモや手帳のことなどについて書いてます。

「私のシドニー派遣教員日記」
現地の児童相手になんとか楽しい授業をしようとジタバタしたことが,今の自分をどのように作っているのか。




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