01 知的生活へのあこがれ

【告白】わざと迷子になる子どもだった

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軽いパニックになる感覚

見たこととない場所で、ここはどこだ、と言いながら軽くパニックになる感覚がとても好きです。

知らない場所というのは右脳をざわざわさせてくれます。
世の中にこんなところがあったんだなぁとか、
ここで、人が暮らしてるんだな、とか
このまま迷子になったらどうしようとか、
何か面白いことがあるかもしれんとか、

かと思いきや、早くこのから脱出して見知った場所に戻りたいとか。

そんなことが次々と胸に渦巻いてきて、普段感じないことを感じたり、考えないことを考えたりするのです。

そういう経験が好きで、僕は子供の頃からよく一人で冒険に出かけていました。

重度障害の姉がいたことで2歳くらいになると放って置かれることが多くなり、私は勝手気ままに行動するようになりました。
川で一人で泳いでいた覚えがたくさんありますが、後からそれが2歳頃のことだと聞かされてびっくりしたことがあります。

最初の冒険

最初の冒険は、3歳くらいのことだったようですが、家の前の小川をどこまでも遡っていく決心をしました。

なんでそんな決心をしたのかわかりませんが、1人で行動することに慣れていたし、止める大人もいなかったので、「 行ってみよう」と唐突に思って行動することができたのでしょう。

思いついた途端、何の準備もせずにでかけました。3歳の子どもが一人で決心して歩き出したのです。

このことは鮮明に覚えています。

見たこともない風景がどんどん目の前に広がってきます。
自分の住んでいる家とその前の川しか知らなかったのに、川を遡ったところには水門があったり、池があったりして、世の中は広いのだ、とワクワクした感覚がありました。

脱走

保育園のときだから、4歳の頃。
運動会の練習が嫌で、私は保育園の裏から抜け出しました。

どういうわけか友達も二人ついてきました。
私が誘ったのか、ついてくるといったのか、今となってはわかりませんが、園の裏のお墓を抜けて、商店街を抜けて、停車場に停まっている電車を横に見ながら、どんどん園から離れて行きました。

川に出て、橋の上でたたずむ三人の園児。

他の二人はすっかり怖気づいていたようで、川面を見ながら「 泣こうか」と心細げにつぶやいていました。

私は迷子になる、ということを、あまり怖いと思っていなかったようで、そんな二人を興味を持って見てましたが、遠くにいつも通園の時に見る庁舎の塔が小さく見えたので、「 まだ泣かんどき」といってその二人をまず塔まで連れて行きました。
それからは園まではいつもの道ですから難なく二人を園に連れて帰ることができました。

帰ったら園では大騒ぎになっており、私が迷子の二人を連れて帰ってきたということで英雄のようになりました。
私が誘ったのかもしれませんのに。

大人に大変迷惑をかけたのですが、私にとっては素敵な冒険の思い出として残っています。

迷子になっても、どこかに知ったものの姿を見つければそこから戻れる、という経験をすでに4歳の頃からさせてもらっていたというのはその後の私に大きな影響を与えたようです。

プチ迷子の積み重ねで育つ

6歳の時に引越しをしますが、すぐに一人で家の周りを探検して回り、まだ、幼稚園にも行ってないのに校区のほぼすべての道を歩いて回ったことを覚えています。

全く知らない土地です。

迷子になったら見知った塔などもないので本当に迷子です。

でも、そのようなことになる、ということへの怖さが欠落していた子供だったようです。

プチ迷子になら何回もありましたが、なんとか見知った場所を探しだして遅く家にたどり着いても、家の中がとてもそんな私に構っておられる状態ではなかったので叱られることもありませんでした。

こうして私は心ゆくまでプチ迷子になりながら自分のエリアを拡大して行きました。

入学後、一ヶ月間担任の先生を欺き続ける

今でも忘れられないのは、入学式後一ヶ月に渡って担任の先生を結果的に欺き続けたことです。

入学式の時に隣に座った女の子をすぐに好きになり、そのこと同じ道を帰りたいと思いました。入学式後一ヶ月ほどは集団下校だったみたいで、先生がどの門から帰るのかを子供たちに聞いたのですが、わたしはその女の子と同じ門、私の本来の門とは逆の門ですが、そちらに手を挙げたのです。
入学式前に住所を全員分調べてあらかじめ集団下校のコースまで作っておく今からでは考えられないことですが、当時はおおらかだったのです。

そうして私は毎日その子と一緒に帰り、その子の家の門で別れると、もう一度学校まで戻って反対の門から自分の家に帰る、ということを一ヶ月続けました。

校区の道、全てを知り尽くしている私にとっては造作もないことでしたが、先生は入学したての子どもがまさか毎日そんなことをしているなんて思いもしなかったでしょう。

ばれた時には火のように怒られました。

知的生産の迷走の理由

このように「普段とは違う道を歩いて回るということが私の日常」というような生活を小学校に上がるまでさせてもらいました。

自転車を買ってもらうと、もう止められません。
校区を三つも跨いだところにある、転校した友達の家に遊びに行ったりなど、行動範囲は飛躍的に広がりました。

中学校の時には歩いて50分の通学路を、毎日違う道を通って楽しみながら通学しました。

高校になると、自転車通学ですからこれもわざと知らない道に分け入り、どこへ行ったら迷子になれるのか、そんな道を探し探し帰宅していたことを思い出します。

このようなことから私の中に形成されたプチ迷子をこよなく愛する性質。

今でも時々ふらっとバスに乗り、適当なところで降りてその辺りをプチ迷子を楽しみながらウォーキングしています。

私が「知的生産の迷走」をこよなく愛するのも、そんな幼少の頃からの性質からきているのかもしれません。

毎日毎日、うろうろしています。

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Lyustyleの本

kindleで読める電子書籍を書いています。2017年6月現在2冊の本を出しています。


 


現在,教育ちゃんねるで連載している記事から,3冊目の本を出版予定です。


 



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