01 知的生活を支える生き方 写真

デジタルで残す限界とアナログで残す希望

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ほんの20年前のフロッピーディスクさえもはや読めないのに、100数十年前の8ミリフィルムを今でも見ることができる。

フィルムはそれ自体手に持ってみることができるそのものである。日にかざせば駒の映像を見ることだってできる。
しかしフロッピーに書かれた情報は特別な機械でないと読み取ることができない。

結局のところ、データはかさばるけれども、目に見える形、手に取れる形で残すのが一番であるかのように思える。

先日NHKで報道されていた100年前の相当なボリュームのフィルムのカラー化の番組を見て強く思ったことだ。あれは衝撃的だった。

3.11の津波以来、私たちは大事なものをデジタル化してクラウドで残すことを覚えた。私もあれ以降撮ったすべての写真をFlickrに残す為にあれやこれやの工夫をしてきた。

しかし、

今私たちがデジタルで残している様々な映像データは、100年後には見ることができないだろう。

デジカメもハードディスクの中で消えていってしまうのだ。
ビデオカメラで残してある大切な家族の記憶も、すでに8mmビデオやデジタルビデオカメラで撮ったものはプレイヤーがないので見られないという人が数年前から出てきている。
たった20年前の映像であるにもかかわらず。

私も27年前に買った8mmビデオカメラで撮った数十本に登るテープは10年前に全てデジタルビデオテープにダビングして移したが、それすらも見られなくなり始めているため、デジタルビデオカメラで撮ったテーブと合わせて100本を超えるテープをたんたんとPCに移す作業をしている最中だ。

しかし、それですらHDDが飛んでしまえばあぶないので、Blu-rayに焼いたりしなければならないだろう。
だが、そのBlu-rayもいつまで見られるものやらわからない。

そう考えたら、動画を残すのには、昔のフィルムが最適であったに違いない。あれは特別な機械にかけなくても、見ることくらいはできるからだ。

こうしてみると、もはや私たちが撮りためた昭和から平成にかけての映像はほとんど未来に残せないのではないか。

せいぜいデジカメで撮った写真をプリントアウトしておくことくらいだろう。残せるものは手にとって見られる「 もの」として残しておいたほうがいいようだ。

私が、日記を残すのに、Wordによるデータだけではなく、それらをプリントアウトして「もの」としてきちんと残しておくのもきっとそういう感覚がどこかにあったからなのだろう。
できるものなら情報はなんでも物で残したい。

人生の全てをEvernoteに…というキャッチフレーズのどこかに不安を感じていた私だが、情報を検索しやすい形で保存する、ということならば、私が30年近く行ってきた山根式袋ファイルシステムによるデータベースは、時代に左右されない最強のデータベースだと言える。

今日の記事は、texteverで一週間ほどあたためてから、今日PressSyncでまとめたものです。







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