よもやま新聞

阪神淡路大震災の時は日本にいなかった 【よもやま新聞56】 1/17(2014)

投稿日:

今日は、1995年に阪神淡路大震災が起こった日です。もう19年も前の事になりました。

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Sydney領事館からのFax

阪神淡路大震災はSydney日本人学校の3年目、帰国を3月に控えた1月の17日に起こりました。

当日、中休みに職員室にもどってきたら領事館から学校へファクスが来ていて、日本が何やら大変らしいという話で持ち切りでした。

そのうち大きな地震で死者も出ているということがわかり、親類縁者がいる子どもがいないかどうかを調べて欲しいと言う調査が来ました。

何やら大きな地震が起こったらしいということだけはわかり、家に帰って夜8時からのオセアニアテレビにとびつきました。衛星放送を通じて午後8時から数時間だけ日本の放送を見ることができたのです。

目を疑うような映像が映し出されました。上空から撮ったと思われる神戸の街。広範囲にわたってあちこちで火の手が上がっている光景でした。本当にこれが日本なのかと思うような恐ろしい光景でした。

死者が数千人規模で出ていると言うニュースが翌日になって入って来ました。ようやく未曽有の大災害となったということがわかってきました。

オーストラリア現地の新聞にも日本の惨事の写真が載りました。驚いたのは高速道路が倒壊している写真です。そんな光景は見たことがなかったので息を呑みました。

幸い学校には親類縁者の方が被災されて大変な目にあっているというような児童生徒はいなかったと覚えていますが、逆に日本から戻ってきた卒業生もいました。前の年に中学部を卒業して日本の高校にかよっていた生徒です。両親はオーストラリアで仕事をしているのですが、本人だけ日本に帰り、高校で学んでいました。その生徒は住んでいた寮で被災し、両親のいるオーストラリアへ戻ってきたのでした。その生徒と話をしましたが、あの大惨事の映像は実際に起こったことなのだと実感しました

すぐに地震をテーマにした学習が組まれた現地の学校

驚いたのは私たちと同学年のインタークラスの教室のこと。シドニー日本人学校にはどの学年にも1クラスだけオーストラリア人のためのクラス「インタークラス」が併設されており、地元の子どもたちがオーストラリアの教師の手で、オーストラリアの教育課程で学んでいます。そのクラスでは、大震災から数日後には教室の壁や棚が地震関係の資料や本で埋め尽くされ、Earth Quakeというタイトルが壁に貼られていました。そして、Earth Quakeをテーマに、本を読んだり、資料を調べてまとめたり、作文を書いたりするなどの学習が総合的に繰り広げられました。

まだ総合的な学習が始まっていないその時代、「プロジェクト」と名付けられたその教育の柔軟性と機能性に驚いたことを覚えています。

インターネット普及前夜のできごと

このような未曾有の大惨事を海外で迎えた私を始め同僚たちは、正確な情報がなかなか伝わってこないもどかしさと、なにもすることができない無力感を覚えたことを思い出します。

インターネットがあればまだ少しは情報がつかめたでしょうが、インターネットを初めて経験したのは、帰国してからしばらくたった6月頃のことでした。







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