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はだしのゲン閲覧制限撤回 でも各校長判断・・・。 

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松江市教委「はだしのゲン」閲覧制限を撤回

先週から、このことについてはさまざまな場で、さまざまな意見がだされてきた。

 

肯定的な意見としては、歴史的に根拠も実際にあったかもはっきりしないことを、天皇制を背景として実際に起こったかのように描かれていて、子どもたちの公平な歴史観の形成にとって好ましくない、という意見。そして、子どもたちの心にトラウマとして残りそうな残酷な描写を学校の中で自由にみせるべきではない、という意見。

 

否定的な意見としては、本を閲覧制限するということが、学校の話において好ましくないという意見と、原爆のおそろしさを感じるためには、あの残酷な描写も必要だという意見。

 

どちらの意見も正しいと思う。どちらも間違いではないといった方がいいか。

どちらもありだ。

それなのに、手続き上不備があったとはいえ、全国的な問題になってから慌てて対策を協議した挙句撤回したかのように見えてしまうのは残念だ。

 

さらに残念なのは、「漫画図書『はだしのゲン』の取り扱いは、平成24年12月17日前の状態に復することが妥当である。復した後の取り扱いについては、学校の自主性を尊重する」と言っていることだ。

最終的な扱いは各学校長の判断に委ねるとしているのだ。

 

わたしは、教育委員会の「各学校長の判断にまかせる」というのが大嫌い。

学校に責任を転嫁しているように見えるからだ。

 

耳障りはいいが、実際に各学校長が自分の裁量で判断できるはずがない。

かならず、校長個人が賛成派からも反対派からも激しい火の粉をかぶるからだ。

教育委員会が決めた、といえば、校長はそれですむ。

しかし任されたらそういう訳にはいかない。校長に責任が丸投げにされてしまうのだ。

あげく、校長はそれぞれで判断するどころではなく、近隣の学校と歩調をそろえて判断する、ということになる。

 

本当に「各校長の判断にまかせる」というならば、もし校長が火の粉をあびても徹底的にその校長を教育委員会が守るのだ、という責任と決意がなければ、校長は任されられるはずがない。

教育委員会がしっかりと校長を守ってくれてはじめて「任せた」になるのだ。

それがないなら、ただの責任転嫁にしか見えない。

火だけつけて「消していいことにするから、あとはそれぞれの判断で消しておきなさい」といっているようなものだ。

 

もうひとつ。校長の判断に任せる前提としては、その校長が少なくとも5年~10年は同じ学校にいる、ということが必要だ。3年くらいでどんどん校長がかわっていく状況においては、「この校長はこう判断してこのようにしたのに、校長が変わった途端その校長の判断で180度かわった」というようなことになれば、子どもも地域もたまったものではない。

 

現実には、校長は次々に変わる。したがって、これほどの大きくなってしまったことについて、校長は次の校長の考えで180度変わってしまうかもしれないことを簡単には判断できない。

 

松江市教委の「各校長判断に任せる」の実行は難しい。挙句の果ては、校長会から「教委でどちらかはっきり決めてくれ。」と申し入れがあるかもしれない。

 

閲覧制限が是か非か、このブログはそのようなことを述べる場ではないのでこのことについての発言は差し控えるが、松江市教委のこの終わり方には少し残念な気持ちを持つ。







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